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失敗したら、小石をポッケに入れよう。~財布を失くしました【2】

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キラキラ光る大阪湾を望むIGTクリニックより 田中 一です。 前回、「日常を丁寧に生きると、賢くなる」とお話ししました。 特に、失敗をとことん味わうこと。 なにか失敗したら、ポケットに小石を入れておき、事あるごとにちらっと触れるのがお勧めです。 これが、"復習"です。 ただ、"復習"ができるあなたになるには、条件があります。 それは、"現実を、事柄を、そのまま見ればいい"「現実を、そのままみる」ことです。 「財布、失くしたなあ…」こんな感じです。 もちろん失敗なのでうれしい事ではありません。 ただ、"よいも悪いもない、単なる出来事"に"しておく"のです。 自分のオリジナルな解釈を、できるだけ、はさまない。ひとつだけの意義付けをしない。意味を固定、限定しない。 特に「めっちゃブルーになるわ。最悪・・・なんでやねん・・・いんけつ・・・」と、思わないことです。 「財布、失くしたなあ・・・(口はポカンと開いている)」くらいにしておくと、不思議に、"身に馴染む"のです。 「やってしまったことは、しゃあないなぁ」って感じです。 例えば財布を落としたことを、「悪いことっ!あほっ!償えっ!ぼけっ!」ととらえてしまうと、極端な話、自分が嫌いになってしまいます。(親御さん、叱る必要はないのですよ) 大切なことは、言い古された言葉ですが、 「起こったことを、いいほうにとらえる」 「失敗から、学ぶ」 そんな事ですよね。 そして、これができる脳を、私は「たくましい」と思うのです。 そのためには、"解釈を入れないこと"が大事なのです。 さらに言えば、「テンションが下がっている私が、今この時点で考えていることは、たぶん間違いだろうなあ」くらいに思っておくといいですよ。 これがつまり、最高の智、"謙虚さ"です。 謙虚な人ほど賢くなる、脳の仕組み このように、失敗をそのままとらえることでわが身に馴染めば、もう復習は出来たも同然です。 「教訓をモノにできた」と言っても過言ではありません。 「復習器に、失敗経験をセットした。後は時間が解決する」みたいな感じです。 「ト

失敗と戯れる~財布を失くしました【1】

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和歌山市 お花見で賑わう和歌山城を望むクリニックより 財布を失くしてしまいました… (新年度、のっけから暗い話で、すみません…)   4 月 1 日、 初めて行った、 USJ で…   朝7時半からゲートに並び、 家族や、東京から来たいとこ一家と楽しく過ごした一日。   最後に 19 時からの「ハリー・ポッター」に行くばかりの時、 トイレに財布を置き忘れ、 気づいて戻った時には・・・ありませんでした。   家族との遊園地なので、 お金も、まあまあ持ってきていました。   仕方ないですね。 カード会社の方に電話し、 「不正使用はありませんでした。 大変な時に、お電話をいただき、ありがとうございます」と、 優しく慰められ…   つくつく、思ったことでした。 「凡人なんだから、失敗から学ばないと」   と言うことは、 失敗すればするほど、 賢くなれる、ってことか? それなら、今回の大失敗を、とことん味わい尽くしてやろうじゃないか! どうぞ、お付き合いください。 (人の不幸は、蜜の味!) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ お金への注意が、甘くなっていたのでしょう。 遣い方も、あらくなっていたのでしょう。 神様が、 それを教えてくれた。 旅行や 遊園地は、 一番お金を 「使ってしまう」 ところ。   そこで、 お財布を失くしたことに、 意味がある。 ( USJ さんは悪くないです!)   失敗から、 何通り、 どれだけ広く深く、 学べるか。     これが、 賢さなのでしょう。   自分の欠点を、 何通り、どこまで深く、浮き彫りにできるか。 我を知る。 何通りも、根深い欠点が浮き彫りにできれば、

花、ひらく時

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熊野古道 「霧の郷たかはら」にて          2017年3月31日 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・               (写真:伏拝王子跡の枝垂れ桜 ) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 田中 一です。   休みをいただいて、熊野古道を歩いてきました。   熊野本宮大社まで、整備したてのステップワゴンで走りました。 14 万キロを超えましたが、「まだまだいけますよ!」 頼もしい松本モータースのお父さんのお墨付きを得て、安心のドライブです。   熊野川沿いの桜並木は、朝 10 時の時点では、ちらほら咲きでした。 ピンクの咲いた花は申し訳程度で、 紅色をのぞかせたつぼみが、 枝にたくさんついている、といった風情でした。 「暖かな紀南でも、桜はまだなんだなあ・・・」 何気なく、通り過ぎました。   幸い、穏やかな陽気に恵まれ、 寄り道しながら、古道を気持ちよく歩いた帰り道。 3 時ごろ、同じ国道 168 号線を通ると・・・   「え?」   ものすごく、咲いていました。 うれしくなりました。   変わるって、素敵です。   変わる時まで、急がなくていいですね。     年度末ですね。 皆さん、それぞれの思いを抱きながら過ごされるであろう、区切りの日。   今日もよい一日でありますように。   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・   今日 3 月 31 日は、私にとっては、 ある雑誌の依頼原稿の締め切り日です( 汗)   がんの、さまざまな治療法に関する特集号です。 「食事療法」の欄を担当します。 発売日が決まったら、お知らせさせていただきますね。  

致命的な欠点は、たった一つ。

2016 年 11 月 27 日  致命的な欠点は、たった一つ。   冷たい雨が降る和歌山市より   こんにちは。田中 一 です。     ほとんどすべての事柄は、 後に、プラスにできうる。 「あのつらかった経験のおかげで、今の私がある」と、言える。 「経験を糧に、進化できる」ことが、「正常、健康」とほぼ同義である。   健康な人でも、病気になることはある。 「不健康」とは、「病気になること」ではなく、 「治りにくいこと」であると、わかっておこう。 「治る」とは、「変わる」ことである。   「ああ、そうなんだ」と思えたあなたは、たとえ今病気を抱えていても、健康だ。 治る可能性が、高い。   病気を含め、自分の「内部に今ある弱点、欠点」は、 それだけを慰撫、修正していけばよい。 それだけで、自分自身がどんどん丈夫にたくましく進化できるのだから、 弱点、欠点がわかることは、素晴らしいことである。間違いなく。 骨折部位は、癒えれば太くなっている。 自分で慰撫、修正できないときは、 家族や周囲の人の助けを借りればよい。   なので、「誰にとっても絶対的な、致命的な欠点」は、ほとんどないといえる。 ある一つのこと以外は。 「致命的な欠点」以外に、欠点なんて、ないのだ。   自分の健康を毀損する、内なる刃。 知らないうちに、それが行き過ぎ、 気づいた時には修正しにくい人が多い、内なる罠。   これは何か。知っておくに越したことはない。 これを伝える義務が、医師にはある。なので、皆さんにお伝えします。   致命的な欠点とは、 「聞けないこと」である。   特に、「自分の身体の声を聞けないこと」である。   あなたは、自分の体の声を聞けていますか?   田中 一  *******************

自分でするしかない、たったひとつのこと

2016 年 7 月 22 日 自分でするしかない、たったひとつのこと   和歌山市 七夕の笹をようやく庭に出した自宅より   おはようございます。 田中 一 です。   よく晴れた、夏の朝です。   毎日、仕事をしていると、つくづく、 「自分ひとりの力でできることって、たかが知れているな」 と感じます。 仕事に限らず、生活のすべてが、そうです。   毎朝、冷凍の青汁をいただきますが、 有機農家さんと、遠藤青汁さんと、配送業者さんと、 電力を作ってくださっている方のおかげで動く冷蔵庫で冷凍していた青汁を、 ガスを配管してくださった方のおかげで浴びられるシャワーを浴びながらとかして、 飲めるわけです。 もちろん、ケールが育つのは、自然の力があってこそです。   無限の「おかげ」の上で、今を生きている。   ではせめて、 『「自分がすべきこと」は、何か』 いや、違う、 『「自分がしなければ、周りの皆様、生きとし生けるものすべてに申し訳が立たないこと」は、何か』 を考えたら、 答えは、この一つだと、 現時点では考えています。   『「自分の脳で、自分の肉体を不健康にすること」を、避けること、やめること』   別の言葉でいえば、 「体調を悪くすると分かったことは、迷わず減らす」   睡眠不足なら、目が疲れたら、夜の PC をやめる。 おなかが不調なら、一食抜く。   これだけは、 自分でしないといけない。 自分でするしかない。 しないと、私を支えてくださっている周囲の方に申し訳が立たない。   これを肚の底に入れておけば、 どんなに逆風が多い日でも、 少なくとも OK な日になるはずです。 最高、オプティマルな日になるかどうかは、保証できないけれど。   ただ、必要な前提条件